前のページ・次のページ

前のページ・次のページ。 Web を徘徊していて気になった「次のページ」という記述。これは「後のページ」の方がわかりやすいんではないか。時間を一方向にしか進めない人にとっては 次 = 未来 なのかもしれないけど。

http://www.lab2.kuis.kyoto-u.ac.jp/~hanatani/tdiary/?date=20051024#p01

back <-> next がわかりやすいので、日本誤訳すると、「後*1のページ・次のページ」だろうか:-)*2

私は「後(あと)のページ」を不自然に感じるのだが、それは、未来は前にあって過去は後にあるからだろうか?

…「前」を時間的に過去にある事象に使うときは、その時系列(A -> B -> C)全体を最初の地点から眺めているように思う。そうすると、AはBの手「前」にある。「Bの後(うしろ)」は意味をなさない。

(  @_@)  A -> B -> C

しかし、自分が現在Bにいるのであれば、Aは自分の背「後」(back)にあることにある。

A -> (  @_@) B -> C 

時間を超越した始点に視点を置くのが日本語で、現在の自分を主体とするのが英語の表現だろうか。

最も、後者の図式でも、BやCが自分の方を向いているなら、Bの目の「前」にAは依然としてあるわけだし、、Bの「後(うしろ)」にCがあることになる。どちらの図式でも、Bの「後(あと)」にCがあり、Bの次にCがあるのは変わらないだろう。
してみると、日本語の表現は、Bの「前/後」のA/Cという表現は、過去を向いている事象Bを主体として述べた表現だと解釈して、前・後それぞれの意味の二重性を解決したほうがよいのだろうか。
過去を向いている事象という立場にたつと、「前のページ・後のページ」が良いことになりそうだ。

しかし、私の頭は無意識に前者の図式を観ていて、後(うしろ)を想起してしまうので、不自然に感じる。不自然さの原因はまだある。「次」には行為の主体と選択の余地を感じさせるが、「後」は感じさせない。もちろん「*のページ」に進むかどうかは私の自由だ。それに、「次」は意味の連関を感じさせるが、「後」は感じさせない。こっちは文脈次第であり、無関係な「*のページ」もあるかもしれないが、それこそ、そのページを「後(あと)」にする理由がないではないか。

そもそも、ウェブページのリンクは時間的構造なのだろうか?

本はそうだ。一本の線をなしている。本の線形に積み重なった文章は、時間の構造と一致するから、既に参照したページを「前に戻って」読むことができるのだ*3
しかし、空間的構造である道路では違う。歩いていて、「後に戻る」ことはできるが、誰も「前に戻る」なんてことはしない。地球は球体だが、少し大きすぎる。

ウェブページは空間的構造ではないか?なにしろ、ネットサーフィンするのだし、リンクは一本の線ではなく網なのだ。もちろん「前のページ・次のページ」が書かれるページは局所的に線の構造をもってはいるし、読者は時間の前後関係のなかで辿り着く。しかし、依然としてそれはネットワークの一部であり、つまりそれらページは本質的に空間的な構造の一員であって、眼前のページは空間における一本道の一点なのである。

したがって、やはり「後のページ・次のページ」*4というのが良いのではないだろうか。

# いや、本当は「後のページ・前のページ」が望ましいのだ。道は前に進み、後に戻るものなのだから。だが残念なことに、今やhackerはcrackerなのだ。そしてもう一つの折衷案の「前のページ・前のページ」には致命的な欠点がある。

追記

http://www.lab2.kuis.kyoto-u.ac.jp/~hanatani/tdiary/?date=20051024#p03 より
  • 日記の場合は、読者ではなく日記の時間における過去(前)、未来(後)を指すものとして、前のページ(前の日記)、後のページ(後(のち)の日記)が自然だと思います。
  • 「誤訳」なのは、「語訳」とするべきかどうか迷いましたが、翻訳は逐語的であるよりは適切に意味内容・意図を伝えるものであるという意味で、それが正しい訳ではないからです*5
捕捉1
(  @_@)  A -> B -> C
A -> (  @_@) B -> C 

明確な前後を持たない物体については、Bの向う側にCがあるということを、「Bの後(うしろ)」にCがあると表現するのは自然である。従って、事象自体には「向き」を導入せずに、人の視点からのみ議論する事もできた。しかし、その「後(うしろ)」という表現が、自分の観ている面をその物体の前面として認識したがる人間の性質によるものであると考えると、未来方向を観ている人間の視点から従った「向き」を明示的に導入するほうが議論が明晰である。

捕捉2
A -> (o_o ) B -> C 

その事象の地点に過去を向いている人間を考えることで、後(うしろ)を説明してもよいかもしれない。

が、既にわかっている過去 と、何があるかわからない未来 とを比べると、目に見えない後ろ側を未来と対応づける考え方も自然かもしれない。
http://www.lab2.kuis.kyoto-u.ac.jp/~hanatani/tdiary/?date=20051024#p03

*1:うしろ

*2:prev <-> nextのほうがなお良いか

*3:物質的にページが積み重なった手「前」のページでもある。一方、空間的構造でもあるから、前に読み進むこともできる

*4:振り仮名が推奨される

*5:実際には、所謂「意訳」よりも、原文を復元して意味を推定できる逐語訳のほうが却って理解しやすいことが多いのですが